1 相続法の改正
平成30年7月6日、「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律」が第196回国会において可決成立し、7月13日公布されました。相続法の改正は昭和55年以来38年振りです。
改正の内容をまとめると以下のとおりです。(『月報司法書士6月号』より一部抜粋)
(1) 配偶者の居住の権利
① 配偶者居住権
② 配偶者短期居住権
(2) 遺産分割等に関する見直し
① 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の遺贈又は贈与
② 遺産の分割前における預貯金債権の行使
③ 遺産の一部分割
④ 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲
(3) 遺言制度に関する見直し
① 自筆証書遺言の方式の緩和
② 遺贈義務者の引渡し義務等
③ 遺言執行者の権限の明確化
(4) 遺留分制度の見直し
① 遺留分の減殺請求権の効力及び法的性質の見直し
② 遺留分の算定方法の見直し
③ 遺留分侵害額の算定における債務の取扱い
(5) 相続の効力等に関する見直し
① 共同相続における権利の承継の対抗要件
② 相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使
③ 遺言執行者がある場合における相続人の行為の効果等
(6) 特別の寄与
(7) その他
2 主な改正の概要
(1) 配偶者の居住の権利
① 配偶者居住権(賃借権類似の法定債権)
生存配偶者の居住の権利の保護を図る方策としての長期の居住権は、配偶者が死亡した場合に生存配偶者が希望した場合において、終身又は(長期にわたる)一定期間、居住建物に継続して住み続けることができる権利を認めるものである。
配偶者居住権は登記することにより、第三者に対する対抗力を有するものとなる。また、配偶者居住権は、譲渡することができない。
※夫の死亡により、妻と子供が法定相続人になる場合、子供の相続分を捻出するために自宅を処分する必要に迫られることもあったが、改正後は、「居住権」が認められ、家に住み続けられることになった。
② 配偶者短期居住権(使用借権類似の法定債権)
生存配偶者(多くの場合、妻)が、被相続人たる配偶者(多くの場合、夫)に関する遺産分割に関して、話がつくまでの間(遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続の開始の時から6か月を経過した日のいずれか遅い日までの間)、当該居住建物に無償で居住できる権利を認めるものである。配偶者短期居住権は登記できない。
(2)遺産分割等に関する見直し
① 婚姻期間が20年以上の夫婦間における居住用不動産の遺贈又は贈与
婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住用の建物又は敷地(配偶者居住権を含む)について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について、持戻し免除の意思表示があったものと推定されることになった。
※当該居住用不動産の価額を特別受益として扱われずに計算することができるようになった。このため、持戻し免除の意思表示がない場合と比べて、当該相続人が最終的に取得できる財産は増加することになる。
② 遺産の分割前における預貯金債権の行使
ア 家庭裁判所への遺産の分割の審判又は調停の申立て
相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を行使する必要(仮払いの必要性)がある場合、仮分割の仮処分が認められる。
イ 家庭裁判所の判断を経ないで、預貯金の払戻しを認める方策
(凍結預金の払い戻し)
葬儀費用等、相続開始後に生じた資金需要について、より簡易迅速な払戻しを可能とすることもあるため、家庭裁判所の判断を経ないで、預貯金の払戻しをする新法(民909条の2)が設けられた。
各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に当該共同相続人の相続分を乗じた額について、単独でその権利を行使することができることになった(上限額150万円)。
[計算式] 単独で払戻しをすることができる額
=(相続開始時の預貯金債権の額)×(3分の1)× (当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分)
③ 遺産の一部分割
共同相続人は、いつでも遺産分割協議により、遺産の一部を残りの遺産から分離独立させて、確定的に分割できる。共同相続人間の協議が調わない場合には、共同相続人は、遺産の全部又は一部の分割を家庭裁判所に求めることができる。しかし、明確な見通しが立たず、他の共同相続人の利益を害するおそれがあるときは、家庭裁判所は遺産分割を禁ずることができる。
④ 遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲
遺産分割前に遺産が処分された場合でも、共同相続人全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。処分者には共同相続人以外の第三者を含む。遺産分割前に遺産の処分をした共同相続人の同意は要しない。財産処分した共同相続人の所得額が増えることによる相続人間の不公平を解消しようとする改正の趣旨である。
(3) 遺言制度に関する見直し
① 自筆証書遺言の方式の緩和
自筆証書遺言に添付する財産目録については、自筆要件が緩和された。財産目録については、形態の制限がなくなったため、パソコンでの作成や代筆が認められるほか、不動産の登記事項証明書、預貯金通帳の写し等を添付する方法によることも可能となった。財産目録は、頁ごとに遺言者の署名・押印が必要である(自筆証書中の加除その他の変更についても同様である。)。施行期日は、平成31年1月13日である。
【法務局による自筆証書遺言の保管制度の新設】
遺言者は、法務局の遺言書保管官に対し、自筆証書による遺言の保管の申請をすることができる制度が創設された。
保管の申請は、遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する法務局においてしなければならない。相続開始後は、家庭裁判所による検認は不要である。
保管制度の創設により、遺言書の紛失や隠匿、変造を原因とする争いは回避されることになる。施行期日は、平成32年7月10日である。
② 遺贈義務者の引渡し義務等
不特定物を遺贈の目的とした場合の遺贈義務者の担保責任の規定(民法998条)を削除し、遺贈義務者は、遺贈の目的である物又は権利を、相続開始時の状態で引き渡せば足りることに改正された。
③ 遺言執行者の権限の明確化
<遺言執行者の一般的な権限等>
これまで明らかでなかった遺言執行者の権限及び責務並びに法的地位を明らかにし、かつ明文規定のなかった相続人に対し通知すべき内容を明らかにした。
ア 遺言執行者が遺言内容を実現することを責務とすること
イ 遺言執行者の行為の効果が相続人に帰属すること
ウ 遺言執行者は遺言の内容を相続人に通知しなければならないこと
※ これにより、遺言者の意思と相続人の利益とが対立する場面においても、遺言執行者はあくまで遺言の内容に従って職務を行えばよく、相続人の利益のために職務を行うものでないことが明確になった。
<特定財産承継遺言がなされた場合>
「遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(特定財産承継遺言)があった場合」は、遺言執行者は、相続人が対抗要件を備えるために必要な行為をする権限が付与された。
また、預貯金債権の特定財産承継遺言について、遺言執行者が払戻し権限及び預貯金契約の解約の申し入れを行う権限を有することになった。
<遺言執行者の復任権>
新法では、現行民法と異なり、遺言執行者は、やむをえない事由がなくても、復代理人を選任することができる。選任・解任に関する規定については、変更なはい。
(4)遺留分制度の見直し
① 遺留分の減殺請求権の効力及び法的性質の見直し
<遺留分減殺制度の見直しのポイント>
ア 遺留分減殺請求権の法的性質を形成権とみる従来の考えを基準にすると、物件的効果が生じ、遺留分権利者と受遺者又は受贈者とが共有関係になるという不都合を解消する。
イ 遺留分侵害額の計算方法について、従来解釈に委ねられていた相続人に対する生前贈与がある場合などの計算方法を明確にして、法的安定を図った。
ウ 相続債務があり、これを受遺者又は受贈者が弁済等により消滅させたとき、受遺者らは遺留分侵害額請求権にかかる債務の消滅を請求できる制度を創設。
② 遺留分の算定方法の見直し
ア 遺留分権利者及びその相続人は、受遺者又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する「金銭の支払いを請求することができるものとすること」(金銭債権化)とされた。
イ 遺留分を算定するための財産の価額について、相続人に対する贈与は相続開始前の10年間にされたものに限りその価額を遺留分の算定をするための価額に算入することとされた。
ウ 遺留分侵害額の計算においては、「遺留分算定の基礎となる財産」に対して「遺留分の割合」を乗じたうえで、「遺留分権利者が相続によって得た財産」がある場合は(具体的相続分)、その額を控除する。
エ 負担付贈与がされたとき、遺留分算定の基礎となる財産額に算入するのは、その目的の価額から負担の価額を控除した額とする。
オ 不相当な対価による有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を与えることを知ってなしたものに限り、当該対価を負担の価額とする負担付贈与とみなす。不相当な対価の部分については、減殺をした遺留分権利者は改正前のように償還する必要はなくなった。
③ 遺留分侵害額の算定における債務の取扱い
遺留分権利者の負担する相続債務を受遺者又は受贈者が弁済等により消滅させたときには、受遺者又は受贈者は、遺留分侵害額請求権を行使した遺留分権利者に対し、その債務を消滅させた限度で、遺留分侵害額請求による金銭債務を消滅させることができる、という制度を新設した。
(5) 相続の効力等に関する見直し
① 共同相続における権利の承継の対抗要件
相続による権利の承継について、法定相続分を超える部分については,対抗要件を備えなければ、第三者に対抗することができない。
承継される権利が債権の場合、法定相続分を超える債権を承継した相続人は、その承継につき、遺言・遺産分割の内容を明らかにして債務者に通知したときは、共同相続人全員が債務者に通知したものとみなすこととされた。
② 相続分の指定がある場合の債権者の権利の行使
遺言により相続分の指定がされた場合でも、被相続人の債権者は、原則として各共同相続人に対し、その法定相続分に従った権利を行使することができることになった。
③ 遺言執行者がある場合における相続人の行為の効果等
遺言執行者がいる場合における相続人による相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為について、現行法の絶対無効を改め、善意の第三者との関係では対抗できないとする。第三者は、無過失までは不要となっている。
また、遺言執行者がいる場合であっても、相続人の債権者、相続債権者が相続財産についてその権利を行使することは妨げられず、対抗問題となる。
(6) 特別の寄与
相続人以外の者でも被相続人への貢献内容次第で「特別の寄与」として遺産分割の対象者となることができることになった。「特別の寄与」とは、通常の寄与と対比されるものではなく、一定程度を超える著しい寄与という意味でとらえられる。
「特別の寄与」となるものは、被相続人の親族である。ただし、相続人、相続放棄した者、欠格事由に該当した者、排除された者は除かれる。
特別寄与料の具体的な価額は協議によって定められ、協議が調わないときや協議できないときは家庭裁判所の審判を申立てることになる。家庭裁判所の審判を求める場合は、特別寄与者が相続の開始及び相続人を知ったときから6か月又は相続開始の時から1年以内に申立てしなければならない。
(7) 相続改正法の施行期日について
(ア) 自筆証書遺言の方式を緩和する方策 2019年1月13日
(イ) 原則的な施行期日(遺産分割前の預貯金の払戻し制度、遺留分制度の見直し、相続の効力等に関する見直し、特別の寄与等の(ア)・(ウ)以外の規定) 2019年7月1日
(ウ) 配偶者居住権及び配偶者短期居住権の新設等 2020年4月1日
※参考資料
1 「相続法改正のポイントと実務への影響」(山川一陽、松嶋隆弘著;日本加除出版)
2 「月報司法書士(2018年6~9月号)」(日本司法書士会連合会)
3 法務省ホームページ
① 「相続法の改正」(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html)
② 「法務局における遺言書の保管等に関する法律について」
(http://www.moj.go.jp/MINJI/minji03_00051.html)